October 31, 2011

ジ・アート・オブ・アルド・チッコリーニ 第2夜:リサイタル
@ すみだトリフォニーホール

 世界にはお前の矮小な想像力を遥かに凌ぐ美しさがある、と教えてくれたのがこの人の弾くドビュッシーだった。今でもそう思いたくなると聴き直す。という、自分にとって特別なピアニストであるチッコリーニの生演奏を聴くことが遂に叶った。
 ゆっくりとした足取りで舞台に現れ、拍手が終わってから着座するまでもゆっくりゆっくり。大丈夫?と束の間危惧したが、紡ぎ出される音は衰えを微塵も感じさせなかった。それどころか、高齢のピアニスト特有のあの悟りを開いたような世界が集中を少しも切らせることなく展開された。全ての音が確かな存在感を持って鳴らされる。有り体に言えば非常に丁寧な演奏で、それが最早博愛の域。ベートーヴェンピアノソナタ#31とか出だしの数秒で涙。アンコールで「愛の挨拶」始まった時の歓喜ときたら!
 アンコール後、スタンディングオベーション。ピアノのコンサートでは初めて遭遇した。確かに立ち上がって拍手を送らずにはいられない、本当に素晴らしい演奏だった。長生きして、またきっと来日してほしい。

■プログラム
クレメンティ:ピアノ・ソナタ ト短調 作品34-2
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第31番 変イ長調 作品110
リスト:「神前の踊りと終幕の二重唱」S.436~ヴェルディ/歌劇《アイーダ》による
リスト:「イゾルデの愛の死」S.447~ワーグナー:楽劇《トリスタンとイゾルデ》による
リスト:「眠りから覚めた御子への賛歌」~《詩的で宗教的な調べ》S.173 第6曲
リスト:「パレストリーナによるミゼレーレ」~《詩的で宗教的な調べ》S.173 第8曲
リスト:「祈り」~《詩的で宗教的な調べ》S.173 第1曲

■アンコール
リスト:メフィスト・ポルカ
エルガー:愛の挨拶
グラナドス:スペイン舞曲第5番アンダルーサ(祈り)

October 30, 2011

波多野裕文「一日の孤独」
@ 晴れたら空に豆まいて

 波多野氏は豚に乗って登場、場内に豚を放ち、巧みに火を操る斬新なステージング。
 ギター一本と己の声で、プリンセステンコーも震え上がる異空間を創り上げたのでした。すげえええ!

 なんてね。

 とても和やかで、温かく満たされた空間と時間だった。ずっと記憶に残しておきたいので、覚えていることをできる限り書きつける。
 前日の公式ブログで「小音かつかなり渋い世界」と書かれていて、カバー多めかと思っていたが、未発表曲が沢山披露されて新しい手探りの世界だった。
 以下時系列で。歌詞、違っていたり混ざっていたりするかも。ご指摘歓迎します。

■登場
 楽しそう。挨拶の端々に笑みが混じって、客もつられて笑う。「何しよっかな」って既にゆるうい空気。
「Steve Jobsに黙祷しようか、30分間(笑)。やりたい人は後で一緒にやりましょう」

01. タナトス3号(仮)
《飛び魚跳ねるビルの街》《とんてんたんとんてんたんとん 大工は全部知っている》
「タナトス3号っていう仮タイトルで。あまりに酷いから、明日変えます(笑)」
◇未発表曲。『Lovely Taboos』に近い、中世ヨーロッパのような空気。「一度だけ」みたいなやわらかい手触り。《とんてんたんとんてんたんとん》が繰り返され、耳に残る。しっかり出来上がっていたので新アルバムの曲来た!と思いきや、仮タイトルというので違ったらしい。

02. かえるの王女さま
「何でだか『かえるの王女さま』ってすごく言いたい時期があって。かえるの王女さま。何でだか、解らないんだけど(笑)。で、アルバムのタイトルになってるんですけど。あんまり歌詞に多過ぎて、一部変えましたもん。そんな時に作った曲です」
《かえるの王女さま 君の心臓は楽器みたいだね》
◇未発表曲。これ? 王女を慕う臣下からのラブソングみたいだった。甘い。

03. やまいとオレンジ(長谷川健一カバー)
「何がいいってね、とにかくいい。何もかもいい。(きっぱり)」
「長谷川さんとは変な縁があって。僕の働いてた職場の同僚が、長谷川さんの親友っていう。そこから交流が始まったんですね。その共通の知人が面白い人で。部屋に、Sonic Youthのポスターが貼ってあるんですね。でも『俺はSonic Youthは聴いたことがない』と(笑)。ただ『格好いいから』って。ああ、全然ありだなあと思って」
「長谷川健一さんの沢山ある好きな曲の中でも『やまいとオレンジ』は自分にとって特別な曲で。聴いた時、本当に自分が書いたんじゃないかと思うくらいで。それを長谷川さんに言ったら……『何でなん』って」(会場爆笑)
◇裏声がずっと続くサビが新鮮。ギターと波多野さんの声で奏でられると、当たり前だけど印象が違った。原曲は重たくて冬の鈍い匂いがするけれど、波多野バージョンは浮遊感が心地良くて夢の中のよう。どちらも、とても良い。

04. 「すごい昔に作った曲」タイトル不詳
《穢れた体を拭い去るには 血を全て抜かねばならぬ》《この世界は美しい そして愚かで》《煙の街を旅しよう》《いつかは許されると思っていた 僕も 君も》
◇未発表曲。確かに詞が若い。でも世界観は変わらずで心地良かった。

05. コンコルド
《暗い闇の中から》《国際電話通じない》
◇未発表曲。「子供たち」の冒頭を思わせる、空がさっと引き裂かれるイメージ。この辺りで、未発表曲がどれほどあるのかと問い詰めたくなる。ブラックホールを覗いている気分。期待と畏怖と。

06. Little Sister(Rufus Wainwrightカバー)
◇あの声でなぞられる"And remember that your brother is a boy"がツボった。ルーファスといい長谷川さんといい、渋い男性ボーカリストが好みなのだろうか。

07. 笛吹き男
「僕、People In The Boxっていうバンドをやってるんですけど、(会場笑)……知ってるよね(笑)。それで、新しいシングルを出しました。『Lovely Taboos』っていう……知ってるよねえ?(笑) そうだよね」
「『Lovely Taboos』結構売れてます。あまり大きな声じゃ言えないんですけど。(客拍手)……大きな声じゃ言えないってことは、解ってるな? ツイートするなってことだ(会場爆笑)」
「何でああいう売り方なのかって、みんな疑問に思うと思うんですけど。USTで聞いてみてください」
「(終わった後)僕、笛吹き男、結構好きですよ。今まで書いた曲の中でも。自分で言うなってね(笑)。でも、ああいう曲はもう書かないと思います」
◇アコースティックだと一層切ない苦しい優しい。沁みた。自分もピープルの中でかなり好き。ツイートするなと言われたのでブログに書いてやる!けれど、大きな声で言えばいいのに。本当に本当におめでとう。もっともっと多くの人に聴かれるといい。愛されるといいよ。最後の「ああいう曲はもう書かない」がとても気になる。

08. 新市街
◇間奏のギターソロをtutulutululu tululululu...ハミングして、半分位で「つかれた……」会場爆笑。続きも頑張ってた。「ぱぁん!」(風船が空中高くで割れるようなふわっとした感じ)の後もハミングが始まり再び笑い。その後も《踊ろう朝まで》が何度も繰り返されて長く続いた。楽しい。

09. "One day I'll swallow your soul" (タイトル不詳)
「あ、そうだ。さっき作ったばかりの曲やろうかな」
◇未発表曲。歌詞は英語のワンセンテンスのみ繰り返し。フレーズも同じものが何度も繰り返され、最後の方で数回転調。飲み込まれる飲み込まれる。渦に吸い込まれていくような。弾き語りならではの感じだったけど、だからこそピープルで聴いてみたい。

10. 風が笑う
《新聞紙》《絵の具に溶けてしまいたいな》《死にとらわれるまで 死にとらわれるまでは》
◇未発表曲。いつの曲か言ってなかったけど、詞の質感は初期寄りだと感じた。「死にとらわれるまで」が何度も繰り返されていた。ふっと消えてしまいそうな、孤独な。

■リクエストタイム
 ワンフレーズだけのもの多し。沢山やったので解ったものだけ。
 リクエスト却下する理由にいちいち笑った:「知っている人は、歌詞を間違えると失礼だから……。歌詞問題がね」「それ、弾き語りできる?!」

・誰かの願いが叶う頃 - 宇多田ヒカル
 《あの子が泣いてるよ》 声がきれいだなあと改めて。
・きらきら星
 「きらきら星? 何それ? (客「ええー」) あっ、ああ、きらきらひかる~か」
 チューニングしまくって壊れたレコードみたくなっていた。斬新なきらきら星。「き、きー、き、き、きー、きー、きーらーきーら、きーらーきーらー、きーら、きーらーきーらーひーか、ひーかー、ひーかーるーおそらのほしよー……何だっけ。この後解んなくない?」終了。自分も解らなかったので調べたら、意外な出自で驚いた。
・Misstopia - THE NOVEMBERS
 「ノベンバはねー……あの4人じゃないとできないと思うよ」
 と言いつつ頭から少し。サビ《ああ君の小さな手》が飛んで、ふんふふふん♪ハミングになって終了。終演後小林さん来ているの気付いた。聴いていただろうか。
・Hyperballad - Bjork
 !!! リクエストした人に角砂糖を献上せよ!
 「久しぶりに新譜というものを買って(Biophilia)すごく良かった。全部ツボだった」
・The Stone - 小谷美紗子
 ワンフレーズだったけど「ギリシアの神殿」の一言が聴けて嬉しい。

11. 一度だけ
「一度だけって、いかにもやりそうじゃない?」
◇リクエストタイムからの派生。そう言いながら、フルでとても丁寧に歌ってくれた。

12. 土曜日 / 待合室
客「金曜日!」
「金曜日はねー、あのごきげんな2人がいないとね」
客「犬猫!」「6月!」「ブリキの夜明け!」「ヨーロッパ!」「月曜日 / 無菌室!」
「じゃあ、土曜日やろっか(笑)。何で訊いたんだってね、ふふ」
◇土曜日大歓迎。ちょうど雨の日。バンドとはまた違うところでぞわぞわした。

13. JFK空港
「JFK空港という曲があって。歌うのが大変なんです。……あの、歌うことって、すごく大変なんですね、僕にとって。自分が何者かっていうのがよく解っていないんですよ。自覚的じゃない。……何が大変かって言うと……(長い沈黙)あの、うまく言えないことは言うもんじゃないね! 区役所の何とかセミナーに言ってくる。『自分の気持ちをうまく伝える』、縮める術を学んできます(笑)。JFK空港という曲も、すごく大変で。何が大変かって、喋り出すと一時間くらいかかるな。でも僕、一生歌うって決めたんです。……決めたから(会場拍手)や、そんな、もったいない」
◇MCずしんと来た。「一生歌うって決めたんです」の覚悟。圧倒的な未来。それはきっと「生き続ける」ってことと同義。置き去りにされたような気持ちもある。
◇アレンジにやられた。朗読パートから、伴奏のギターがインプロビゼーション。不穏で狂っていてめちゃくちゃなフレーズ。それに淡々と早口の歌詞が乗る。この時点で鳥肌。そして、不意にギターが止まり《でもどうか諦めないで だって僕たちはまだこの世界に産まれてはいない》! 再びやさしいギターに戻り《荒れ放題の庭で~》。ギターに乗せてスキャットが長く続いて、あの賛美歌的フレーズで終わり。やられた……。

■アンコール
「恐縮です(笑)。そうだよね、有り得るよね。何も考えてなかった。どうしようかな」
 リクエスト募るも、「歌詞問題」ゆえに長く続かず。
「(客「ユリイカ!」)じゃあユリイカやろう。ユリイカ、でも歌詞がね……出てくるまで時間がかかる」
 危惧していた通り「明け方の僕らと~」以降が飛んでハミングになり、「これはひどすぎるな!(笑)」と終了。
「自分の曲でよくあるんですけど、歌ってると、作ってた時の第二候補、第三候補が浮かんできて、こう(片手ずつ詞を浮かべる振り→近付けて衝突)、事故」(会場爆笑)
「じゃあ月曜日やる! 何か妥協案みたいだな、じゃあ月曜日(笑)。何かリクエストありますか。や、待って、締めくらいちゃんと自分で考える。窮地に立たされているな」
 ぐだぐだいいよいいよ。

EN. 犬猫芝居
◇うまいこと締めた。公演名「一日の孤独」だからね。


 書き過ぎた気がするし、書き忘れた気もするので、後で推敲します。取り急ぎ。

October 25, 2011

salyu×salyu -話したいあなたと- @ Zepp Tokyo

 salyu×salyuの企画。Zeppが8割方埋まっているのがすごい。

■青葉市子
 初見。ひとりで弾き語り。この後の二組にも掻き消されず、強い印象が残っている。
 透明感ある声と独特の詞。きれいな声、メロディーに乗ったフレーズ《あなたの秘密を暴いてあげましょう / 仮面の下は恐ろしい顔 皆に見せてあげて》など、ぞくり。
 小さな女の子がひとりAXの舞台に現れ、ギターを抱えて歌う。大丈夫か、という心配はいつの間にか消えていた。緊張も物怖じもせずただ弾いて、歌っているようだった。21歳らしい。とても気になる人。
 終演後CD買おうと思ったら売り切れ。惹かれた人が沢山いたんだね。

■EGO-WRAPPIN' AND THE GOSSIP OF JAXX
 初見。とにかく楽しかった! 魅せるショウ。ハロウィンパーティーに迷い込んだみたい。曲全然知らないのに、テンション上がりまくって終わる。時々こういうの観られるとすごくいいな。
 Salyuが「私の恋する女の子、よっちゃん!」と紹介していた。これが女子が惚れる系女子か。納得の格好良さだった。

■salyu×salyu
 初見。小山田さんとドラムス大野由美子さんが参加して、アレンジが面白かった。salyu×salyuシスターズの生コーラスもすごかった。ここまで再現するか、というのと、目の前で声が重なっていく迫力。というところはありつつ、CDのあの作り込まれた音のクオリティを超えるのは難しいのかなと感じる。最近のSalyuソロよりもsalyu×salyuは個人的にとても好きだけれど。
 「奴隷」はすごく良かった。テンションの上がる曲はライブに合うのかもしれない。Zepp Tokyoでスタンディングだったせいかも。いつか座ってのんびり聴いてみたい。

October 22, 2011

GARDEN Re-Boot!! Anniversary event Premium Acoustic & Electric Night
@ 下北沢GARDEN

 ガーデンのリニューアルオープンを記念した一連のイベントのひとつ。
 初ガーデン、煉瓦を模した壁が洒落た印象。音は期待したほど良くはなく、気になって苛立つようなこともなく。ともあれガーデンという単語が楽園のような響きで昔から好きなこともあり("The Secret Garden"の影響に違いない)、好きな方のハコ。


■小谷美紗子
 数年前Salyuとの2マン、トリオ構成で観て以来2度目。ソロピアノでは初。
 初期Coccoを意識したのか女の情念系の曲が多い。何か(ひょっとすると真実に似た)大きな塊を口に押し込められ、飲み下すことを強制されるような時間。嫌悪感ではなく、苦しくはあるが、その苦しみを与えてくれる人をずっと待っていたような気持ち。比喩が過ぎる?
 この人が歌っている、そのことにこそ何より励まされる。そんな歌い手さん。「消えろ」爽快で良かった。

●セットリスト
1. 街灯の下で 2. アイシテイルノニ 3. 雨音呟く 4. こんな風にして終わるもの 5. 生けどりの花 6. 消えろ 7. 3月のこと


■suzumoku
 初見。ドラムとベースを引き連れての演奏。
 森ガールみたいな名に反して熱い男だった。pe'zmokuの群像劇ぽさがなく、世の中への反感をバネに壁をぶっ壊していくような、ギターを武器に闘ってるような印象。


■Cocco+長田進
 ものすごく良かった。セットリスト素晴らしい。ベスト盤ツアーを補完したB面集的な曲群、まさにこれらが聴きたかった。ツアーとこの公演を合わせてようやく歌うたいCoccoの現在の全体像が見える。情念系の筆頭に挙げられる人だろうけど、昔から穏やかな幸福や世の平和を探す歌を幾つも歌っている人、優しい人、他者の痛みを自分のものとして感受する人、だ。
 カバーを2曲やったのは驚き。「なごり雪」はCoccoの真っ直ぐな声の良さがぐんと際立っていたし、「渚のバルコニー」は何より可愛らしく楽しそうで良かった。
 ツアーでも演奏された「Rainbow」、今のCoccoにとってまた特別な意味を持つのだろう。「風邪引くなよー」って心配そうな声音で言ってくれたが、あなたの健康こそ心配だ。出会って10年くらいになるけど、まだまだCoccoを聴いていたい。

●セットリスト
1. Heaven's Hell
2. 強く儚い者たち
3. ジュゴンの見える丘
4. なごり雪(アリスカバー)
5. 渚のバルコニー(松田聖子カバー)
6. 絹ずれ~OKINAWA~
7. 鳥の歌
8. Rainbow

●MC
「あっという間に、冬です。今年は春がいつ来たか判らん内に終わってしまって、クリーニングに出しそびれた服を、また……着ることになるな。笑」
「訪れる冬がみんなにとって、私達にとって、改善と進歩のある冬だといいなあと思う。風邪引くなよー。こーの腹巻きには、カイロ入ってます」

猟銃 @ PARCO劇場


 井上靖『猟銃』をそのまま、足し引きもリライトもせず、中谷美紀が滔々と語る。
 黒い背景に彩度の低い乳白色で映し出されたのは3人の女それぞれの手紙の冒頭。その奥、舞台より2メートルほどの段でロドリーグ・プロトーがパントマイムを行う。それらを背負って一人舞台に立つ中谷美紀。完成された美……! 大袈裟でなく、彼女の存在そのものが美である。マーベラス。
 90分一人語りは飽きるか?と予想した自分笑止。ぐいぐい引き込まれて、惹き込まれて、終わってしまうのが本当に惜しかった。(追記:千秋楽行く予定だったのだが、諸事情で断念)
 最前センターという幸運に恵まれて観劇。中谷美紀がたった1メートル向こうに!

■薔子
 原作では一番好き。「母さんの悲しいお顔を見詰めた儘、『そう。』唯それだけお返事しました」!
 終始早口でたたたたっと進む。みどりと対比させるためか感情抑えめで淡々と運ぶ、ように見えつつも常に爆発寸前の緊迫感。薔子は日記を焼いたから、穣介への憎しみも、興味も、恋心も、明確な形を持たないまま終わっていく。感情のクレッシェンドとデクレッシェンド(ピアノ→メゾフォルテ→ピアノくらい)が慎重に表現されていた。
 そんな中で、恋心が控えめに強調されていたと思う。「おじさま、穣介おじさま」でロドリーグ・プロトーの方をじっと見る演出好きだ。
 一度だけ出てくる祖母の台詞「彩子もいっこくもんで、出来た事は仕方がなかったのに」、中谷美紀がしっかりと30歳老けたのには驚いた。完全に老人の声。口調。そしてすぐに40歳若返り薔子に戻る。女優すごい。

■みどり
 度肝を抜かれた冒頭。薔子の女学生のような服を脱ぎ落とし、真っ赤なドレスの女が現れる。三つ編みは大胆に解かれ、出来上がった無造作パーマで一気に自堕落な女へ。そいつがくるっと客席に振り向き両腕を広げ、
 「みすぎ!! じょーすけ様ァァァ!!!!!」
高らかに自己主張しつつ、嘲笑すら浮かべて言い放つ。はい、やられた。
 薔子→みどりへの変化も、みどり→彩子への変化も、舞台上で行われる。一度退場するという選択をしなかったことで3人の女の共通性を炙り出しているのだろうか。
 原作=手紙では感情を殺しつつ皮肉を交えつつ平静を装った風なのに、舞台=生身のみどりはメゾフォルテ~フォルティシッシモ。常に燃えている。愛情に、憎悪に、寂しさに。激情の女。この解釈すごく好きだ。薔子、彩子との対比も映える。書簡体小説の舞台化ってこんな面白さがあるんだな。
 「少しなりとも貴方を揺すぶることが出来ましたか、どうか」でみどりにじいっと見詰めていただいた。最前センターの恩恵! 吸い込まれないよう踏ん張った。同じだけ真摯に、少し皮肉に見返すことができただろうか。
 最後、「お気に召しますか、どうかァァァ……」が切ない。ただの皮肉としか読めていなかったけれど、憎悪、未練、愛情、全部が叫びの尽きるのと共に消えてゆく様は圧巻。この舞台ではみどりに一番惹かれた。どうしたって惹かれずにはいられない。

■彩子
 中谷美紀本人に一番近そうな、品のある女性像。洗練された所作に見とれるばかり。みどりのゆるゆるパーマをきちんと櫛で整え、一筋も崩れないように結わえる(スプレーなしで)仕草に始まり、赤いドレスを脱いだ肌着の状態から死出の着物を自身で(鏡なしで、喋り続けながら)着付けていく様はさすが。無駄なく美しい。
 薔子ともみどりとも違い、悟り落ち着いた調子で進んでいく。常にメゾピアノ。
 「時雨に洗われた山崎の天王山の紅葉の美しさは今も私の目にあります」こんな文章を滑らかに口にできる女優は、自分の狭い了見では中谷美紀しか思い付かない。船のくだりも蛇のくだりも、ただただ美しい。

 中谷美紀は完璧。不完全さを含めて完璧。
 カーテンコールの「皆様の大きな拍手に感無量の女優」姿まで完璧。
 ほんとうにすごいものをみた。

October 8, 2011

TOMOE @ 岡山IMAGE

 遠征してみた。土曜、岡山観光、TOMOE埼玉行けない、などにより。でも色々あり遅刻、更に出演順がランダムなTOMOEでよりによってピープル一番手という運のなさ……。それでもすごく楽しかった!(大原美術館がものすごく素敵でした、岡山!)

■People In The Box
 着く前にちょうど「泥の中の生活」が終わったらしい……残念すぎる。
 小さなハコよりも解放的なハコが似合うと思った。曲にもより、泥の中の生活なんてどちらでも違う表情を見せてくれるだろうし、「火曜日 / 空室」とか「一度だけ」とかも閉鎖的な場所にきっと似合う。だけど特にファミレコ以降の曲はスケールが大きいから、小さなハコだと窮屈そう。野音が最高だったのもある。
 演奏はすごく良かった。「天使の胃袋」で、ああ終わるなあと思いきや「スルツェイ」に突入してびっくり。テンション上がりきった状態で聴くスルツェイもまた新鮮で、詞の切なさより音の楽しさが圧倒的に迫ってきた。拍手喝采!
 MCは波多野氏が岡山後楽園で民族楽器の演奏を聴いた爽やかな話と、いつも通りダイゴマンの物販紹介とシモネタなど。ははは。

●セットリスト(前半はtwitterより拝借)
1. 市民 2. 泥の中の生活 3. 旧市街 4. 笛吹き男 5. どこでもないところ 6. 天使の胃袋 7. スルツェイ


■THE NOVEMBERS
 バンドでは初見。ライブやばい格好いい。音源よりずっと激しいノイズがライブハウスに充満して、赤い照明が危機感や逼迫感を煽る。最初から最後まで隙間なく「THE NOVEMBERS」の音で満ちていた。ラスト「彼岸に散る青」がこの日のベストアクト! 熱量凄まじかった。
 対して小林さんのMCはまったり。「ピープルとtacicaの物販コーナーは最早お家芸」「僕が(ダイゴマンみたく)テンション高く喋り始めたらどうしますか? それキャラ的にどうなんだろう。高松君とか。でも高松君なら何やっても格好いいよね(笑)」。結局グッズ紹介はなかった。


■tacica
 初見。盛り上がったのはトリだからだけではなくて、tacicaのファンが多かったらしい。よく知らないのだけど、希望を歌っているように聴こえた。明るくてノリが良い。ピープルの毒気やノベンバの危機感みたいな負の面は少なくて、この三組にいてくれて良かったと思う。

October 7, 2011

ボリス・ベレゾフスキー ピアノ・リサイタル
@ 東京オペラシティ コンサートホール

 目を疑った。ピアノの演奏というより、ピアノを使ったサーカスのよう。この人ならサーカス・ギャロップも何とかしてくれるんじゃないかと束の間本気で考えた。
 シフラが「余裕♪」な感じに対してベレゾフスキーは「熱中!」に見えた。熱を入れてとにかく弾く弾く弾く。と思いきや超絶技巧#3などではゆったりと丁寧な音を聞かせたり。シフラもベレゾフスキーも技巧を備え、かつ品を失わないところに惹かれる。
 音の端々がジャズっぽいなと思っていたら、アンコールでガーシュウィン! ブギウギ! とても自由で楽しそうで、最高にテンション上がった。繊細で泣きたくなるようなピアノも良いけれど、スポーツみたいなピアノも大好きだ。


■プログラム
メトネル: おとぎ話
   ホ短調 op.34-2
   ヘ短調 op.42-1
   ホ短調 op.14-2 「騎士の行進」
   ヘ短調 op.14-1 「オフィーリアの歌」
   変ホ長調 op.26-2
   ロ短調 op.20-2 「鐘」

ラフマニノフ: 10の前奏曲 op.23

リスト: 超絶技巧練習曲集 S.139(全曲)
   01. ハ長調 「前奏曲」
   02. イ短調
   03. ヘ長調 「風景」
   04. ニ短調 「マゼッパ」
   05. 変ロ長調 「鬼火」
   06. ト短調 「幻影」
   07. 変ホ長調 「英雄」
   08. ハ短調 「狩り」
   09. 変イ長調 「回想」
   10. ヘ短調
   11. 変ニ長調 「夕べの調べ」
   12. 変ロ短調 「雪かき」

■アンコール
ガーシュウイン: 3つの前奏曲
モートン・グールド: ブギウギ・エチュード

October 5, 2011

ウラディーミル&ヴォフカ・アシュケナージ ピアノ・デュオ
@ サントリーホール 大ホール

 ピット最前、目の前にアシュケナージ(父)という特等席で拝聴。子が主旋律、父はサポートの役割を主に果たしていたけれど、まだまだ父が圧倒的に偉大! ピアノが彼を信頼した上で素直に服従しているかのように、個々の音も、それが集まってできる全体も、全てが理想的に紡がれていた。あるべきものがあるべき場所にある安心感。
 お互いを尊重しているのが伝わってくる演奏。遠慮しているのではなく、我を主張し過ぎるものでもなく、ちょうど良いバランス。子の音がやや若くて後者よりなのを、父がうまく包んでいたと思う。呼吸がぴったり合った時の父はきゅっと口角を上げて笑い、とても楽しそうだった。
 演奏後、大きな拍手の中で子が父に握手を求めると、父は子の肩を抱いて応えていた。あたたかい一夜をありがとう。

■プログラム
プーランク: 2台のピアノのためのソナタ
ラフマニノフ: 組曲第1番「幻想的絵画」 op.5
ムソルグスキー(ヴォフカ・アシュケナージ編曲): 禿山の一夜
ラヴェル: マ・メール・ロワ
ラヴェル: ラ・ヴァルス

■アンコール
シューマン/ドビュッシー:カノン形式による6つの練習曲より 第4曲

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Maira Gall