May 23, 2012

波多野裕文「壱日の孤独」vol.2 @ 北沢タウンホール

 前回の公演名から「壱」と大字に変わり、「vol.2」が付いた。
 新しい試みがふんだんに:ライブペインティング、ギター二本使い分け、1曲アカペラ、バンジョー・オルゴール・カリンバ登場。今回のオリジナル曲は全て1年~1年半以内に書かれたそうだ。
 前回とはだいぶ雰囲気が違った。前回は「和やかで、温かく満たされた空間と時間」、今回は独自色がより濃くて聴き入る・見入るパフォーマンス。ピープルの曲なし、リクエストコーナーなし、カバー1曲、他全てオリジナル、と内容の相違も大きいし、会場も気楽な晴れ豆から全席指定の古い区民ホールへ。
 ソロで今やりたいことをやれるだけやったという印象。「ピープルのギタボの人のソロ」の域を抜けて「波多野裕文」という個性が育っている。次にどこへ行くのか解らなくてぞくぞくする。本当に楽しみな人だ。

 以下、個々のメモ。7曲目の衝撃で色々吹っ飛んでおりすみません。そして長い。


◆一部:弾き語り

1. タイトル不詳(初披露)
◇アカペラ。いきなりチャレンジング。ギターがないためか足が終始ゆらゆら。
 《中国に行ってみたい》というフレーズが悠々と繰り返される。中国に行って知らない人に会ってみたい、というような詞。まどろみの中をたゆたうような心地良い声。

2. タイトル不詳(初披露)
《言葉はとても大切なものだ》《ゴリラはバナナを全然理解できない バナナはゴリラを全然理解できない》《僕は君を全然理解できない 君は僕を全然理解できない》《僕にお金をちょうだい ちょうだい ちょうだい》《言葉はどうでもいい》《言葉はとても大切なものだ》
「雑誌とかでアーティストが、こういうメッセージを伝えたいから書きました、とか言うでしょう。あれは嘘です。(会場笑) あれは、訊かれるからそう言うんであって。僕何でこんな曲書くのか全然解んないです」
◇突如切り込む♪ゴリラはーバナナをー全然理解できなーい、のインパクトよ。突き抜けたバランス感覚最高。
 個人的に仮題「メルロ=ポンティ」とした。《理解できない》その先に興味がある、けれど哲学に偏ると面白くなさそうだし(音楽と哲学の相容れなさについて考え続けてる)、いや彼ならうまく取り込むと思うが《哲学は銃殺刑だ》そうなので静観。

3. タナトス3号(仮)
《ヤコブを片隅に置いて 空白はあるか》
◇もはや定番、また聞けて嬉しい。最初のメロディーで持っていかれる。

4. 鍵穴だらけ(初披露)
《鍵穴の形の目》《鍵穴の形のドア》《鍵穴の形の鍵》
「鍵穴だらけ、という曲です。鍵穴だらけとしか言いようがない」
◇さすがとしか言いようがない。《鍵穴の形の 鍵》で丸呑みされた感覚に目眩。自己と対象が突如反転する恐怖は快楽に変わり得るな、とか。是非みんなのうたに選ばれて皆さんにトラウマを植え付けてもらえないか。

5. コンコルド
◇タナトス3号に続き定番か。良いなあ、と感じつつ鍵穴の形の思考回路。

6. タイトル不詳「雪の街」
《ただの名前に過ぎない》《街は未だにドレスリハーサルの途中》
◇QUIET ROOMでの一曲目。

7. Untitled 4 / The Nothing Song(Sigur Rosカバー)
「いいですか、伝家の宝刀を抜きますよ?」→ケースから取り出して「バンジョーっていう楽器です(ドヤァ)」
「あの、最初にカバーやらないって言ったけど、やります(笑)。シガーロスの、名前のないアルバムの名前のない曲をやります。でも、途中でやめるかも。何でかっていうと……弾けないから、ははは」
「(中盤で)もーだめだー……」→おしまい
(終わった後)「バンジョー見せたかっただけっていうね! 今度は1日25時間練習してきます。ふふっ」
◇波多野さんがシガロス波多野さんがシガロス波多野さんがシガロスが波多野さん
 ↑終演後最初のツイート。脳がショート。楽しむ余裕とかまるでなかった。もう一度聴きたい! 『Hopelandic Hatano』ってミニアルバムとか出せばいい! いいね! ありそうー!!
 少し冷静に考えると、シガロスのカバー自体レアだから衝撃がより大きい(前回のビョークはここまで驚かなかった)。「Untitled#4」は良い選曲。鎮静作用のあるやさしい声、「土曜日 / 待合室」に近い。ヨンシーのほとんど天啓みたいな遠さに対して、手の届くところにいてくれる薬箱のよう。バンジョーも良いね。凡庸にならない。
 気になった人は是非原曲も。シガロスファン増えるといい。そして今夏サマソニと空からvol.4がかぶったことで共に悩もう!!
 『Valtari』日本先行発売日に因んでやってくれたなら粋だな。偶然か。どっちだっていいや、ありがとう。

8. タイトル不詳(初披露)
◇引き続きバンジョーで演奏。銀行強盗がどうのという詞。前の曲で頭がいっぱいでよく覚えていない。残念。《からだもこころも売れるものなら売ってみたい》《籠は上に向けておいて》《経済が降ってくる》がこの曲?


◆休憩(5分) 周りからゴリラゴリラ聞こえてきて笑った。


◆二部前半:ライブペインティング(30分)

 ゲスト加藤隆さん登場! 紹介もそこそこに「やろっか。説明のしようがないもんね」とスタート。舞台にセッティングされた160×350cmくらいの模造紙に下絵なしで、加藤さんが筆で墨を淡いものから濃いものへと少しずつ乗せていく。波多野さんは舞台下手に移動、制作の様子を見て即興演奏。
 ギターとヴォカリーズ、加藤さんの身体感覚に自分の身体を委ねて音を創り出す試みのように感じた。「手が、筆を持って描いている手なのか、ギターを鳴らす手なのか判らないような、交差する感じがやりたかった。できたかは解らないけど」とは対談での言。身体と芸術ってところもメルロ=ポンティ的。ちょっと時間をかけて考えたい。
 加藤さんの筆は最初慎重だったけれど、音に乗って徐々に解放されていく、その過程が見て取れてぞわりとする。どんどん自由になる。すらっとした体躯なので舞台に映える、動線がうつくしいのはそれだけでなく、そこに生命を視るからだろう。
 出来上がった絵のダイナミズムは圧巻。ツイートで腑に落ちた。

今日は自分の人生の中でも例がない位、音楽的に、獣のように絵が描けた日でした。「起きていながら夢の中にいる」という感覚を始めて味わいました。

— 加藤隆 (@ryukatoo) May 23, 2012

波多野裕文の出す音の後ろで絵を描くのは、めちゃ気持ちよく、また贅沢な時間でした。お客さんは、彼が闘牛士で、自分が牛のように見えたんではないでしょうか。常に次の一歩を踏み出す彼に、尊敬と感謝の意を抱いています。

— 加藤隆 (@ryukatoo) May 23, 2012


 描き終わると加藤さんさらりと退場。
 「やべー。やべーよ加藤さん」「こわ!」「普段の彼の、素朴な感じを知ってるから。余計に解らないんですよね。どうしてああいう人からこんな絵が出てくるのか」「はー魂抜けたわ」とは波多野さん談。
 終演後、絵は舞台に残され、鑑賞可・撮影可だった。間近で見ると圧倒される。
 来られなかった人も観られるよう、どこかで公開されるといい。モノクロームだからこその迫力。本当に凄いよ。


◆二部後半:弾き語り
 波多野さん中央に戻り、絵を背景に弾き語り再開。ただならぬ空気。

9. タイトル不詳「ニコラとテスラと卵」
◇QUIET ROOMで披露された曲。やっぱり卵食べた、聞き間違いじゃなかった。二度目でもショック。

10. タイトル不詳(初披露)
《5月の空は海の色》
《あなたは誰にも愛されないから 自分で愛してあげなさい ばーか ばーか ばーか》
◇「自分で愛してあげなさい」まで聞いて、らしくないな、と思ったらすぐさま「ばーか!」と続いて安心した。それから愉快な気持ちになった。「あなた=自分=ばか」という自虐、「あなた=他者=ばか」への哀れみ、「『あなた~あげなさい』の台詞の話者=ばか」への嘲笑、どれだろう。最後かと思ったけれどどれもありそう。ばーか!で本編終了。すっきりしたような、何か毒が回ったような、混ぜこぜの余韻。


◆アンコール

 2人が登場、おもむろに対談。仲良し。既に書いた絵の話の他、他愛もない話(後述)など。
 加藤さんはける時、波多野さんが後ろからじゃれついてぎゅっとしていた。三十路の男にときめく日が来ようとは。人生色んなことが起きる。

EN. タイトル不詳(初披露)
「吉祥寺でオルゴールを買ったんです。『Moon River』って曲で。『ティファニーで朝食を』の。でも間隔がね、一定じゃないんです。(手で回して)……ほら、速くなった! 間隔は一定じゃないとだめだと思う!」(会場笑)
「でも速くなるってことはどういうことかというと、人間ってことですよ(ドヤァ)」
「オルゴール回しながら歌います。全然違う曲を(笑)。辛くなったら楽器を取ります」
《仕事に戻ろう》《僕はその正体を忘れてしまうよ》
◇《仕事に戻ろう》でがっくり落ちる。はい……。
 オルゴールを手放すと、カリンバに持ち替えて演奏。色々持ってる。好きなんだな。
 《忘れてしまうよ》が繰り返されてかなしくなる。普段なら「そうだね仕方ない」って言うけど、とても抵抗したかった。忘れないよ。いつか忘れるだろうけれど。忘れない。忘れたくない。
 デクレッシェンドで音が消えていく。巻き上がる拍手の中で、終わってしまった、と思いきや、動かないからもう一曲?と期待し始めたところで立ち上がる。弄ばれて終演。ありがとうございました。
 「おやすみなさーい」と和やかに退場。おやすみなさい、have a sweet nightmare。




以下おまけのような。


■MC備忘

・チケット
「チケットがねーすぐ売れるんですよ。壱日の孤独っていうのは。そんな、我先に!って取るようなものじゃないって、皆さんそろそろ気付いた方がいいんじゃないですか? 今日初めての人がどれくらいいるか解らないけど」
◇キャパ少ないからだろ!!と内心多くの人がつっこんだに違いない。需要が大きいことに気付いた方がいいんじゃないですか!
 けれど意図は解る気がした。もっとのんびりと、小さなカフェバーとかで、平凡なマジシャンの手品を笑いながら見ている内いつしか大きな奇術に呑まれていくみたいに、いつか観てみたい。ああただの夢だよ。

・トラック
(今日は危険という話の後)
「トラックが突っ込んできます」
客(?)
「注射器のいっぱい付いたトラックです。中身の色はあえての透明です。ははっ」
客(?????)
◇本日のハイライト。彼の発言を理解不能だと思ったのは初めてでした。何これ。元ネタとかあるんですか。誰か助けて……。

・ホテルにて
(バンジョーチューニングに苦戦。その間にイギリスの話)
「ロンドンって移民の街なんですね。イギリス人は実はあんまりいない。で、何かねーロンドンは人が、思いやりがないんですよ。……『日本人がシャウトしてる』って言われました。いやいやこれはシャウトじゃないでしょ。『私はあなたの奴隷じゃない』とか言われて。いやいや奴隷とは思ってないですよ。僕はただホテルの従業員としての責務を果たしてほしかった。
 だっておかしいでしょう?
 僕と健ちゃんがダブル(ベッド)なんて!!!」(客爆笑)

・歌詞
「(ソロだと)歌詞が全然違うんですよ、バンドで書くのと。バンドは音が先っていうのもあるんでしょうけど」

・批判
「雑誌とかでこきおろされたいですね(笑)。僕最近何やっても批判されないんです」
◇批判には理解が必要。批判がないのは確かにこわい。だけど音を楽しむのに理解は必要条件ではないのでは? なんて本人が一番よく考えているだろう。受け手としては理解できているんだか判断つかないから色々言えない、なんてこんな勝手な文を公開している人間が書くのはちゃんちゃらおかしいが。
 とりあえず惜しみない拍手を送ったので信じてもらえるといい。
 そんなものだ。

■アンコール対談
・は:30歳 か:31歳
 は「何で敬語なの?」 か「いや、……まあ」(会場笑)
・は「(絵を見ながら)消化できない。どうにか消化しないと」
 か「消化しなくていいんだよ」
 は「(客に)そう。消化しなくていいんですよ」
・か「波多野くんから電話来たの1週間前だからね」
 は「で、すぐイギリス行ったっていう(笑)」
 か「そう、聞きたいことあって電話しようとしたら、イギリスで連絡付かない」
 は「でも隆ちゃんにやろうよって電話した時、いいねいいねーみたいな」
 か「うん。最初、2時間かけて絵を描くんだと思ってたの」
 は「あー」
 か「だってそうでしょ?! そしたら30分でやって下さいって言われて。え!って」(会場笑)
・か:絵を描き始めたのは小学校の頃から。ドラゴンボールとか。「普通(笑)」
 は:ドラゴンボールの絵を描いていた。(会場ざわざわ)
・は「全っ然関係ないんだけど、お風呂が詰まって! パイプユニッシュしてもだめで……」
 か「うんうん」
◇加藤さん優しいな。ダイゴマンだったら爆笑してそうだ。

May 4, 2012

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2012 2日目

 恒例となったクラシックフェス、今年のテーマは「サクル・リュス」でロシア音楽。
 気になるピアニストが押し寄せて大変なことに! ポゴレリッチ、エル=バシャ、ヴォロディン、メジューエワ等々。タイムテーブルと睨み合ってぐるぐる考えたが、チケット取れなかった公演多数。定例の人気フェスになったのか、今年が特別人気なのか。
 結局3日間のうち2日目1日で2公演(ややこしい)、ベレゾフスキー出演分を観た。とんでもなく良かった。


■公演番号283 16:00-16:45 ピアノソロ @ よみうりホール

 トリプルアンコール! 会場いっぱいに満ちる盛大な拍手で終演。
 以前「スポーツのようなピアノ」だと漠然と感じた。一歩進み、身体の動きが音に直結しているんだと思った。それはとても幸福なことだ。だからこの人の音が好きなのかもしれない。逞しさ、力強さ、体格の良さが音にそのまま表れていて男性的。それが良く聴こえる、個人的には稀有なピアニスト。時に細やかなパートが切り込んでくると、あれ?と思うこともあるが、それも気にならないくらいに引き込まれる熱の入り方。
 雨の日によく似合うラフマニノフ。どちらかといえば女性寄りの演奏を聴いてきたので、ベレゾフスキーの表現が新鮮で面白い。ソナタ終わって再登場、客席に向かって「ゴメンナサイ、サンバンハヤリマセン。ラフマニノフ、プレリュードヤリマス」いきなり日本語でびっくり。日本語もプレリュードOp. 23, No. 5もとても嬉しかった!
 アンコールはフランスとポーランド、フェスのテーマから逸れたって気にならない! 場内更に盛り上がる。サン=サーンス、ショパンのワルツ! 本編とは打って変わって緩やかに軽やかに遊び流れるような旋律に夢見心地。そうだった、この人は繊細モードに切り替わることもできる。その本領をこの後見せつけられることになろうとは。

●プログラム
ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ第1番 ニ短調 op.28
ラフマニノフ:前奏曲 ト短調 op.23-5 ※
EN
1. サン=サーンス:白鳥(組曲「動物の謝肉祭」より)
2. ショパン:ワルツ 変イ長調 遺作 KK IVa-13
En-3. ショパン:ワルツ ヘ短調 遺作 Op.70-3
※予定では「メロディ ホ短調 op.3-3」「クライスラー(ラフマニノフ編):愛の喜び/愛の悲しみ」


■公演番号227 21:45-22:30 クインテット @ ホールB7

 ベレゾフスキーのクインテット聴いてみたい!と軽い気持ちで、聞いたことのない曲の予習も全くせずに臨んだ。初めて見るソロでないベレゾフスキーが新鮮。周りの音をよく聴いて自分の音を馴染ませていく、けれども主張するところはしっかりベレゾフスキー節なのが嬉しい。アレンスキーは音の重なり合いがただただ楽しかった。クインテットよく息が合っている。
 シュニトケがすごかった。終わりのない真っ暗な森(不協和音のハーモニーを奏で続ける弦楽器隊)をピアノがひたすら一人で歩き続けるような曲。最後第5楽章でようやく湖が見えて落ち着き、うっすらと射してきた光に向かって吸い込まれるようにピアノは歩き、遠ざかっていく、という。
 リストやラフマニノフ、ショパンを弾くベレゾフスキーしか知らなかったので、この負の静寂に覆われた曲を目の前にして狐につままれたような気さえした。こんな顔もお持ちなんですね、好きです。最後、ピアノが一歩一歩遠ざかっていくのが忘れられない。光に満ちたデクレッシェンド、p→pp→ppp、こんな救いもある。
 ベレゾフスキーの新たな一面を知って思い切り引き込まれた今年のLFJ。多面性って本当にすばらしい。

●プログラム
アレンスキー:ピアノ五重奏曲 ニ長調 op.51
シュニトケ:ピアノ五重奏曲 op.108

●メンバー
スヴャトスラフ・モロズ (ヴァイオリン)
ミシェル・グートマン (ヴァイオリン)
エリーナ・パク (ヴィオラ)
アンリ・ドマルケット (チェロ)
ボリス・ベレゾフスキー (ピアノ)

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Maira Gall