November 27, 2012

クリスチャン・ツィメルマン @ 川口総合文化センター リリア メインホール

 2年半前、初めて聴いたツィメルマンの衝撃といったらなかった。手が痛いのも気にならず全力で拍手した。柄にもなく生まれてきて良かったと思った。全てショパンで構成されたプログラム、音の全てが幸福で。素晴らしいコンサートは数あれど、未だあの日を超える音には出会っていない。
 本日前半は今年生誕150年のドビュッシー、後半はシマノフスキとショパン。半年前のアナウンスでは全てドビュッシー(12のエチュード全曲)だったが、1ヵ月前にプログラム変更のメールが来た。プログラムに書かれていた彼の言葉「自分が正直に演奏したい曲目で構成したい」。そうあってほしいし、そうしてくれて本当に嬉しい。

 1曲目「パゴダ」始まって1分と経たず泣いた。なぜかを説明するのは本当に難しい。まさかパゴダで泣くとは自分でも思わなくてびっくりした。まだ全然まとまっていない。今回の公演あと2回行くから少しずつ捉えたい。
 とにかく至上の音。ピアノがあんな音を出すなんて知らなかった。特に「沈める寺」圧巻。ロック。他の曲もピアニシモからフォルティシモまで、不協和音の重なりも最後の一音の残響さえ、何もかも格が違っていた。
 ピアノに鳴るのを任せているようだった。鍵盤を打って距離を取るように指を離し、音が鳴るのを見つめている姿が印象的。それは数秒にも満たないことで、すぐ次の打鍵に移る。何度もそんな場面が現れ、ああピアノに委ねているんだなと思う。ピアノが主体。何だか当たり前のことを言っている気がしてきたけれど、そうして演奏するピアニストは寡聞にしてあまり知らない。

 ピアノの巨匠は誰しもおちゃめである。今日は特に前半咳をしている人が多く、ツィメルマン自身がパゴダやグラナダの夕べの後に咳をして会場を見たのは、気にしないで、という優しさのように映った。ショパンのピアノソナタ、1楽章終わってそこそこ飛んだ拍手に軽く礼をして応えてくれ、2楽章の終わりで、あれ、拍手は?という風に客席へ目をやってみたり(客席笑って少し拍手)。アンコールこそなかったけれど、最後は客席の大きな拍手を両腕広げて受け止める仕草。そのひとつひとつがやさしい。

 全部で12回の日本公演。あと2回、Aプロ→Bプロと見る予定。本当に楽しみ。

●プログラムB
ドビュッシー:版画より
 1.パゴダ 2.グラナダの夕べ 3.雨の庭
ドビュッシー:前奏曲集 第1集より
 2.帆 12.吟遊詩人 6.雪の上の足跡 8.亜麻色の髪の乙女
 10.沈める寺  7.西風の見たもの
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シマノフスキ:3つの前奏曲(「9つの前奏曲 作品1」より)
ショパン:ピアノ・ソナタ第3番 ロ短調 作品58

November 25, 2012

青葉市子独奏会 @ 自由学園 明日館 講堂

 西池袋、ホテルメトロポリタンの裏手は住宅街。その一角に佇む建物は、時の流れから独立して呼吸しているような静けさと存在感をまとう。今日の歌い手によく似合うと思った。
 独奏会ひと区切り。ソールドアウトしており満員の講堂。長椅子に腰掛けて聴くのでパーソナルスペースは充分。目線が同じだったVACANTと違って、高い舞台から見下ろされる。会場の緊張感が濃かったのは高低差のせいもあった気がする。
 青葉さん、何だか貫禄が出たなあ、というのがざっくりと全体の印象。服装、安定感、ギター上達、だけでなく。それがMCで話していた、全国で出会って連れてきた沢山の仲間たち(「ポケモンみたいに」笑)の影響なんだろう。
 だけどMCがいつもより緩かったのは、直前に遊びに来たらしいおとぎ話というバンドに緊張を解されたからかな。22歳らしさを初めて見た気がしたり。

 いつも通りの二部構成。初期の曲中心の一部は、神父さま並にゆったりだぼっとしたベージュの服。最近の曲中心の二部で衣装替え、袖口がふんわりギャザーになった甘めの白ブラウスに紺の膝丈スカート、オフホワイトのタイツにぺたんこの靴。
 ストレートの髪、ほんのり青緑がかった黒に染めている? 右耳に揺れる大きめの黒いピアスと相俟って、ちょっと背伸びした印象。これまでの不思議で繊細な少女風から、少しアーティスティックな見せ方に変えてきた。

 最近三部作にすることを決めたという「IMPERIAL SMOKE TOWN」→「だれかの世界」→「MARS 2027」がすごい。ものすごい。15分くらいで展開される物語の大きさの、果てが見えなくて唖然とする。後者ふたつは音源化されていないので、次のアルバムが本当に楽しみ。
 この巨編の前に「イソフラ区ボンソワール物語」を持ってくるとは。セットリスト悩む、という話をしていたが、まさかのイソフラボンボンがここで。市子……恐ろしい子!(ガラスの仮面風に) 会場の緊張感に正直馴染みきってはいなかった。けれど是非とも捨てられないでほしい曲。コミカルで奇妙で、どこか不安定なバランスが癖になる。アンコールでやると良さそう。
 「機械仕掛乃宇宙」はさすが。何度か聴いて慣れてきて、物語の細部に胸を突かれたりする。あの祈りのような呪文、耳を澄ますと「メルクリウス、ウェヌス、テル(ス)マル(ス)ユピテルサトゥルヌス、ウラヌス、ネプトゥヌス」と聞こえた。ラテン語で水星から海王星まで順番に。
 アンコール、おとぎ話にエッセンスをもらってできたという「エスケープ」は確かにバンドサウンドでもいけそうなアップテンポ(青葉さん比)な曲。《月に梯子を掛けたなら後は登るだけさ》ってひたむきさが可愛らしくもあり、切実でもあり。新境地、素敵だった。最後は待っていた「ひかりのふるさと」で締め。きらきら、今日もとてもきれいだった。音だけでなく、世界をきれいに見せてくれる。ありがとう。

 来年は制作に入るので「邪魔しないでください。笑」と言われ、繭をつくる蚕を見送るような気持ちになる。その前に、12/23の現美! 展示もライブもすごく楽しみだ。

■セットリストとMCメモ
01. 不和リン
02. 腸髪のサーカス
03. ココロノセカイ
 「弾き語りを始めた最初の頃、まだ曲が4、5曲しかなかった頃は、いつもこの3曲で始めていました。初心を忘れないようにと思って、今日はこの3曲から始めました」
04. 光蜥蜴
05. 日時計
06. 遠いあこがれ(白鳥英美子カバー)
07. 繙く風
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08. レースのむこう
 「次は、訳ありな曲をやります。一度ボツにした曲です。今日はやるつもりはなかったんですけど、おとぎ話のドラムの人にやれやれって言われて。苦情は彼にお願いします。笑」
09. イソフラ区ボンソワール物語
 「やらなきゃ良かった。笑」
10. IMPERIAL SMOKE TOWN
11. だれかの世界
12. MARS 2027
13. 私の盗人 「22歳が精一杯背伸びした曲です」
14. 機械仕掛乃宇宙(山田庵巳カバー)
 「楽譜がないので、あってもわたしも読めないので、口伝えで覚えました。わたしはこの曲をコピーしたいがために、ギターを始めたようなものです。原点、ですね」
15. 奇跡はいつでも
 「レイ・ハラカミさんが亡くなった時にできた曲です」
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EN.
01. エスケープ
02. ひかりのふるさと

November 4, 2012

『陋劣の残滓を啜り聖を排出する正義という呪縛。狂躁する資本主義の末期衝動。罪は通奏低音の如く聖に平衡し、赫奕たる旋律を奏でる。』
@ 郡山#9

 鈍行列車を乗り継いで、ゆるゆると北へ。
 東北本線、ドアが「車内温度維持のため」ボタン式の手動。乗り換えた列車は二両編成で、発車の合図は時折掠れる笛の音。車内に2歳くらいの男の子とお母さんがいて、周りの人がにこにこ話しかける。
 時々東京を出ないとだめだと思った。何かが致命的に麻痺している、気がする。


■波多野裕文
 どれも曲名が判らないので、詞の一部を。

1. 中国に行ってみたい
2. ドレスリハーサルの途中(ミニチュアのデパート)
3. 君が人を殺した
4. 8つの卵
5. あなたは誰にも愛されないから

 #3初めて聴いた。
 最初しばらく「今日彼女は来なかった、仕事かなあ」なんて小さな恋の物語かと思いきや、その流れのまま《君が人を殺した》。空気にノイズのような異物がざあっと混じって、うわあ来た、と思う。あの違和感と困惑。と、少しの愉快な気持ち。
 冷静なギターは異物が聴衆の体に沈むのを見届ける。そこからもう一度《君が人を殺した》。そして《でも、僕は君の味方だよ》と続く。2つのフレーズが何度も繰り返され、後者の伝え方がどんどん濃くなる。はっきりと一音ずつ、確かめるように。

 ……とりあえず聴いてほしい!(これ、ずっと言いたかった!)

 一度だけ《君が誤って人を殺した》と歌っていた。誤って。今更効いてくる。

 言葉が触覚に作用する。皮膚に、身体に、内蔵の隙間に、否応なしに触れてくる。堪らない違和感の陰で、あるべきものが戻ってきた安堵がこっそりと息をつく。そのことがおかしくて笑う。ほんの少し愉快でもある。そんなめちゃめちゃな状態で聴いていることもある。ただ心地良さに浸っているだけのこともある。
 結局どうしてなのか全然解っていない。ふらりと200km移動してくるくらいに引かれているのは確からしい。

 iPhoneのアラームが鳴って、魔法が終わる。今年もありがとう。良いお年を。


■the cabs
 この日の客入りは半分くらいで、舞台がクリアに見渡せた。下北沢は満員電車並の混雑でほぼ見えなかったから、彼らを「見た」のは初めてに近い。上手からギターボーカル(絶叫)、ベースボーカル(メロディー)、ドラムス(爆撃機)の配置。
 爆撃機、本当に爆撃機だった。決してパワーで押すマシンガンタイプではないのに、手数がどうなっているんだろうあれ? あの音の連鎖のどこで息継ぎして、どうやって呼吸しているんだろう。最初に爆撃機と評した人のセンスすごい。
 そのドラムスに乗るメロディーと、乗らずにひた走るような印象のギター。まとまっているようで、まとまりがない気もして、何が展開されているのか解らないままとりあえず突き進んでいる様が面白い。これからどうなっていくのかさっぱり見えないバンド。年明けのアルバムが相当楽しみ。

■te'
 こちらもやはりドラムス。残響と書いて「ドラムス」と読んでもいいと思った。冷静に考えるとだめだけど、それくらい気になるドラマーが多い。何だろう。
 人とぶつからずに見たのは初めてで、何だか違和感があった。モッシュしろってことでは全然なく、誰かと/何かと衝突するところで生まれている音なんだと思った。あらゆる音がそうだと言えばそうだけど、何だか「衝突」がひとつのキーワードのような気がする。ツアータイトルだってそうだ。画数多く読みづらい漢字からして衝突しまくっている。内容もそう。
 見る度にそんなことを考える。まだまだ未知数のバンド。いつかまた。

ノート:
【陋劣】ろうれつ。いやしく劣っている・こと(さま)。下劣。
【赫奕】かくやく。かくえき。光り輝くさま。 - 大辞林より

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Maira Gall